2006年9月16日 (土)

買えるものは何ですか。

最近は色々なモノが売り出されていて、ネットを徘徊していても面白いものがごろごろしている。マニアにしか価値がわからないようなモノもあれば、「なるほど!」と思わせられるアイディアのモノまで。

例えばどこどこの空気の缶詰なんていうモノや、警視庁のキャラクターであるピーポくんのグッズなんていう、どんな人が買うんだろうと思うようなものがある。

また例えばこの前別の日記のコメントでも書いたが、月や火星、金星の土地なんていうのも売られていたし、実際にこれは夢を買うものだと思い月を姪にプレゼントした。

そんな色々なモノが売られている中で、僕は一つすごいものを見つけてしまった。

村が売られている。

見つけたのは楽天で。本気なのかどうなのか。値段が税込み10億2900万円、在庫は残り1個らしい。支払いはクレジットカードも受け付けているようだが、限度額が。。。

よく見てみると、配送も受け付けているようで、佐川やヤマトが届けてくれる上にメール便まで利用できるらしい。しかも代引きが可、と書いてある。10億を代引き・・・?

更には配送中の「破損」や発送商品の「間違い」、「不良品」に関しては返品も可能、とか。

「村」の「破損」てなんだ?道が一部陥没、とか??
「村」の「間違い」て?買ったのは○○村なのに、来さ村が届いちゃったよ!とか??
「村」の「不良品」?村人に不具合が起こりまして、とか??

すごい、こんなに突っ込みどころが満載だなんて。欲しい、すごく欲しい。でも10億か・・・。貯金しなきゃな。←買うの?!

ちなみに興味ある人はここからどうぞ。
http://www.rakuten.co.jp/yoroi/142709/146602/#158714

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2006年9月11日 (月)

日本を支える者たちよ。

土曜日のこと。僕はその日恵比寿へ出かけ、モツ鍋に舌鼓を打っていた。韓国料理のその店には色々な美味しいメニューがあり、甘海老の辛みそ漬けや明太もちチーズチヂミ、そういった再度メニューも充実していた。

しかしやはり一番上手かったのはモツ鍋。見るからにつやつやぷりぷりとしたモツが、これでもかと鍋に入っている。いつもなら多少グロテスクに思える外見も、ここではとても光っていてきれいだ、と思った。

下処理の済んでいるモツを鍋に入れ、野菜がしんなりしたところで頬張る。これでもかというくらいに喰らう。口の中で、ぷりぷり弾けるモツはその辛味と調和してくどくも無く、あくまでも柔らかなその歯ごたえは口の中で溶けていく脂と一緒に至福の時をプレゼントしてくれた。

その鍋を使って、〆はラーメン。インスタントラーメンを鍋に入れ、程よく面が軟らかくなったところでとき卵を表面に流し入れ、刻んだネギと海苔を振りかける。そして半熟のままそれを皿に取り分けすすりこむ。もう、なんと言ったらいいのやら・・・。美味しんぼの京極さんなら、これ以上わしを喜ばせんといてや~、と言っていただろう。

そんなこんなですっかり満腹になった僕は、帰りの電車の中良い気持ちでうとうとしていた。しかし、突然その幸福は破られた。原因はおばちゃん。

ふと駅を見ると千駄ヶ谷。普段ならそこまで混まないこの駅が、何故かいっぱいになっている。どやどやと中年のおばちゃんたちが大量に電車に乗り込んできて、「田野さん、こちら空いてるわよ!」「三井さん、あなた座りなさいよ。」というように、もう大合唱。

なんだなんだ、今日はヨンの来日でもあったか?と思い見回してみると、みな一様にお揃いの袋を提げている。どうやらSMAPのコンサートだったようだ。ジャニーズのファンは皆10代の女の子というのが僕のイメージだったが、どうやら違うらしい。

日本で一番パワーを持っているのは、きっとおじちゃんでも女子高生でもなく、このおばちゃんたちなんだろう。この日はSMAP、別の日はヨン様、よくやるなぁ。

呆れながらもそのパワーにちょっと刺激を受けた夜。Bon Joviのニュージャージーライヴに参加できるよう、今からお金を貯めておこう。

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新たなる旅立ち。

昨日、新たにE.Sという人が誕生しました。
心からの祝福を、幸あれかし。

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2006年9月 1日 (金)

そりゃなしだろ!

思わず笑ってしまうニュースってあると思う。今回はネット巡回中に見つけた、そんなニュースをご紹介。いつもと毛色が違うテキストになっているけど、ちょっとお付き合いください*

まずはこれ、イギリスのニュース。
http://www.japan-journals.co.uk/dailynews/060825/news060825_1.html

こんな悪戯されたら、そりゃ警察も怒るだろうな。でも実際「その通り!」と思ってしまうし、ユーモアとしてありだと思う。下品な落書きでなく、さりげないところがまた良いよなぁ。さすがイギリス。

そして次はこれ、アメリカでのお話。
http://abcdane.net/blog/archives/200608/omocha_luggage.html

まず一番最初に言いたいのが、そんなのを母親との旅行に持ってくなよ・・・。しかも見つかったのが女性係員だなんて、ものすご〜く恥ずかしかったろうに(笑)聴き間違えに一票というところだけど、この人の今後がとっても気になるな。。。

最後に、もう一つイギリスの話題を。
http://www.japan-journals.co.uk/dailynews/060823/news060823_3.html

まさかねぇ・・・。子供を守ろうとしたはずなのに、気付いたら子供を作ろうとしちゃった!なんてベタなオチだなんて。そんなオチで終わらせようとしているだなんて。

だなんて。
だなんて。

わぁ。

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2006年7月28日 (金)

同じたれ目で見るものは。

この時期僕の心をつかんだものは、もう一つある。それが「とんてき」なのだ。

一人で岩手まで行く事にも慣れてきたある夏の日、祖父は僕をとあるレストランへと連れて行ってくれた。豚を中心に扱っていたそのレストランで、僕は全く慣れない雰囲気での食事にもじもじとしながら、メニューもろくに見ずにオーダーをした。

「カツ丼下さい・・・。」

この頃僕にとってのご馳走と言えばカツ丼だった。あの甘辛いたれが衣に染み込み卵と混ざり、絶妙なハーモニーを奏でるあのカツ丼。これよりも美味いものなんてこの世に無い!と信じていたこの頃の僕は、迷わず注文をしていたのだった。

しかしそこはレストラン、もちろんそんな庶民的なものはメニューに載ってなかった。しかも祖父の知り合いだったらしいその人はカツ丼を良く知らなかったようだ。とても恥ずかしくなった僕はオーダーを変えようかと思ったが、優しくどんな物かを聞いてくれ、特別にソースカツ丼を作ってくれた。親切心が嬉しかった事もあって、そのカツ丼はとても美味しかった。

そんな僕をニコニコと、そのたれ目を更に細くして眺めていた祖父が食べていたのが「とんてき」だった。どうやらそのレストランの名物だったらしい。一口一口、とても美味しそうに口へ運んでいた。試しに僕も一口食べさせてもらったのだが、あまりの美味しさに衝撃を受けた。

大きな豚肉のステーキは程良い火加減で焼かれ、固くならずに肉の旨味が凝縮されていた。その旨味を引き立てるソースは、なんとカレー風味。辛すぎない程度にスパイスが効きそのとろりとしたソースには、玉ねぎが適度に歯ごたえを残してアクセントとなっていた。あの美味さはもう絶対に忘れない。

それまでNO.1だったカツ丼を飛び越え、僕の中でチャンピオンとなったその「とんてき」。大好きな祖父と二人で、しかもこんなに美味しいものを食べる。僕にとってはいつどんな時よりも幸せな瞬間だった。

その夏から、僕は岩手に行く度祖父と一緒にそのレストランへ行き、その「とんてき」を食べた。いつ食べても、何度食べても美味しい。どんなに短い日数だったとしても、必ず寄る時間を祖父に作ってもらった僕は、他のどんな小学生よりも幸せだった。

そんな祖父が、病に倒れた。僕が中学二年の2時だった。その病気は血液の癌、白血病だった。母は看病の為に何度か里帰りし、僕も祖父を見舞いに病院へ行った。病気が進むと、祖父は意識もはっきりしなくなり、僕を認識できていたのかと思う事もあった。

それでも僕は信じていた。あの強い祖父の事、絶対病気なんかには負けない、と。そしてその通りに祖父は持ちこたえ、僕は14歳の誕生日を迎える事ができた。このまま大丈夫に決まってる、と思い始めていた僕だった。

その時はちょうど期末試験の真っ最中で、僕は慣れない勉強をしていた。実際はしているフリをしながら机に向かっていただけだったのだが、そんな時に電話は鳴った。祖父の逝去を知らせる電話だった。

僕は泣いた。声をあげて布団に突っ伏し、その悲しさをその胸から吐き出さんとばかりに叫んだ。大好きな祖父、その祖父がいなくなっただなんて、僕に受け入れられる訳はなかった。思い出は僕の体を駆け巡り荒れ狂い、耐え難い痛みを胸に刻んだ。

やがて祖父の笑い声と笑顔が僕の心を満たし始め、辛かった闘病生活から祖父がようやく解放された事に気付いた。もう、大変な思いはしなくていい。泣き疲れた僕は安堵しつつ、いつしか眠りに就いていた。

最後に祖父と会ったのは、葬儀の時だった。泣かずに見送ろうと決心していた僕は、祖父の口を脱脂綿で拭いたりお別れの言葉を言ったりする時も、涙を流す事なく過ごしていた。ぎりぎりのところで何とか耐えていた。

しかし、最後に棺へ花を入れて行く時に限界を超えてしまった。最初は小さく震え始め、やがて嗚咽となって体を震わせてゆく。一度切れてしまった糸はもうつながらず、僕は為す術も無く泣き続けた。おじいちゃん・・・。

やがて祖父は灰となり、お墓へと入っていった。形見として僕は、テンガロンハットと革ジャンをもらい祖父のしゃしんをパネルにして部屋に飾った。いつでも祖父を感じられるように。

その後も度々祖父の墓へ足を運んでは、大好きだったビールをかけて色々な報告をした。20歳を過ぎてからは足を運べなくなり、目の前の人生を生きる事に精一杯だったが、それでも僕にとっては祖父はヒーローであり続け、尊敬する人の一人だった。

今、僕は人生の岐路に立っているところだ。今一度、社会人として足を踏み出そうとしている。そんな時にこうして深く祖父の事を思い出したのは、ただの偶然なのだろうか。きっと自分の生きた姿を、指針として孫に思い出させたかったのではなかろうか。

仕事には厳しくメリハリをちゃんとつけて、人生に対してとても真剣だったあなたを、僕はいつでも尊敬しています。あなた譲りのこのたれ目を通してみる世界が、あなたの見ていたものと同じでありますように。

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2006年7月25日 (火)

黄金色の思い出。

「とんてき一丁!」

店員さんの声が響いた。晩ご飯を食べそびれた僕は、もうすぐ12時になろうという時間に松屋でハッシュドビーフをかき込んでいた。たまにこうして寄るものの、いつもいつも来る訳ではない。当然メニューも豚丼やカレーくらいしか知らない。新メニューという事でこの日は違うものを試してみたが、定食にどんなものがあるかは知らなかった。

そんな僕の耳に飛び込んできた、「とんてき」という言葉。何ていう事はない、ただの豚を使ったステーキの事。しかしこの言葉は、まるで魔法のように僕の中にすとんと落ちてきた。

「おじいちゃん・・・」

気付くと僕はつぶやいて、思い出の洪水に飲み込まれていた。まるでドミノ倒しをするかのように、一度甦り始めた思い出は次々と僕の頭にあふれてくる。その思い出の中にいる僕は、まだ小学生の僕。幸せそうに笑っていた。

今は亡き僕の祖父、母方の祖父なのだが、彼ほどの人生を送れる人が果たしてどのくらいいるのだろうか。本人がどう感じていたかは分からないが、見ていてそう感じるくらい充実した人生を送っていたと思う。

彼は長い事電力会社で働き、定年で退職するまで一度も仕事を休まず、遅刻もなかったという。東北地方の電力会社、実際はとてもハードな仕事だったらしい。雪の重みで電線が切れた夜、山の中へも分け入りその修復に向かった祖父。どんな時間の呼び出しにでも、不平一つ漏らさず出向いたその祖父は、人に誇れる立派な人だったと思う。

そして定年退職後、祖父は誰よりも楽しんで遊んでいた。海外に出かけたり仲間と卓球クラブを作って週二日は汗を流し、誰にとってもヒーローだった。テンガロンハットをかぶり革ジャンを着た祖父は誰よりもかっこよかったし、僕は絶対祖父のような人になると思っていた。

岩手に住んでいた祖父にとって、なかなか会えない、千葉に住む娘と孫。たまにしか会えないからこそ余計に大きな愛情を注いでくれていたのだろう。たまに祖父母は二人で車に乗り、祖父の運転で千葉まで遊びに来た。無邪気な子供だった僕は、大好きな祖父にかじりつき片時も離れなかった。「お祖父ちゃんから産まれた」とはこの頃の僕の口癖である。

そんな大好きな祖父だったから、長期休みの度に岩手へ僕は遊びに行った。小学生にして既に一人で新幹線に乗り、ちょっとした冒険をした僕を、彼は誇らしげに駅で出迎えてくれた。

行く度に一週間ほど滞在していたのだが、この時も僕は祖父から離れようとしなかった。従兄弟とも遊んでいたが、朝は祖父と一緒に早起きして朝市に行き、夜はカブトムシを捕りに山へ出かけ、昼は従兄弟や叔父達も一緒に川へ行き、どこへ行くにも一緒だった。夜も布団を並べて横になり、あれこれと思いつくまま話しをしたものだった。

元々根が単純である僕は、好きな人から影響を受けやすい。もしそれが自分の感性にも合うものであれば、いっぺんで虜になってしまう。多感な小学生時代、僕の心を鷲掴みにしたのはチャップリンだった。

祖父の部屋には大きなテレビが置いてあり、それで深夜仲良くチャップリンを観た。衛星放送で流れていた映画の数々を二人で観ながら、時には大笑いし時にはしんみりとし、遅い時間まで夢中になっていた。

僕の好きな映画5本を選ぶとしたら、間違いなく「街の灯」と「キッド」はランクインするだろう。僕が比較的無口な人間になったのも、無声映画がこの時から好きだったという要素が大きく関わっているに違いない。

続く

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2006年7月12日 (水)

実は私、Nマニアなんですよ。

僕はあまり記憶力が良くない。普段の生活において。洗面所まで行き、何をしようとしていたか忘れるなんてザラにあるし、忘れちゃいけない大切なものを忘れてエライ目に遭った事も度々。

一言で表せば、物忘れが激しいとなるのだろう。記憶力がない、と。しかしこんな僕でも、何故か人より記憶力が良い場面もあるのだ。

例えば何か人が欲しがっていた物。一緒に店等を見て歩き、欲しがっている物なんかは結構覚えている。そんな何かをプレゼントして驚かれる事もよくある話だ。これは良い、役に立つ。

しかし役に立たない分野だとかなりこれは微妙になってくる。例えば漫画やドラマのワンシーン。

僕は稲中やツルモク独身寮、こち亀やドラえもん、こいつら100%伝説などの漫画が好きだ。ただその好きな部分がマニアックらしく、しかもやけに細かく覚えているせいでおかしな目で見られる事が多い。

ドラえもんではジーンマイクが好きで(好きな割にはスペルを忘れたが)、その話は結構細かく説明できる。不倫という単語を聞けばツルモクの不倫風鈴が浮かぶし、もぐらを見れば(あまり見る機会はないが)はんぺんちょー好き、なんて浮かんでくる。クリスマスと言えばサンタ狩り、いいなぁと誰かが言えば、「ねぇ〜ん、これちょうだい〜ん」と言わずにいられない。

これはなかなか楽しかったりもするのだが、やはり理解できる人がいなければ寂しい。稲中なら姉や姉の親友Aさんや大阪の友人Tちゃんと、こち亀やツルモクならhiRoという友人と、というように話せる相手がいる時はいい。困るのはフレンズのネタ、そしてトリックのネタだ。

この二つのドラマもこよなく愛する僕は、よくその二つをネタにする。そして理解してもらえずに説明する羽目になる。ギャグを説明する時ほど惨めな時はないというのに。

だらだら書いて何が言いたいのかというと、僕の友達はみんなフレンズとトリックを観ろ、と。そして理解しろ、と。

今日電車で、異様に声もルックスもエステルにそっくりな人がいた。フレンズに出てくる、ジョーイのエージェントのエステルに。スゲー!と一人興奮し、誰かに伝えようとしたその時、これで興奮できる人がいない事に気付いた。ホントに似てたのに!

ラストシーズンのあの話で、エステルがああなってフィービーが・・・。

あぁ、無限ループ。

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2006年6月14日 (水)

人は聞きたい事を聞く。

今日バイトにて。

僕「うぅ、おぉぅ」
女の子「Jonさん、気持ち良いですか?」
僕「お〜いぇ〜」
女の子「このブタ!」

何をしてたかって?僕がホールで歌ってたのを聞いた中国人の女の子。その子が言いたかったのはこの台詞。

「Jonさん、機嫌良いですね!」
「この歌!」

ちょっと変わるだけで、何て嫌らしい会話になるんだ!僕も英語を話すとき、こんな事が多くあるんだろな。気をつけにゃあ…。

勿論正しい言葉を教えたのは言うまでもない。

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2006年5月30日 (火)

復活の時は来た。

ここのところひどい風邪を引いてしまっていて、毎週火曜の独りカラオケに行く事ができていなかった。しかし、ついに復活の時が来た!声は万全ではないものの、ある程度出るようになった。無理して高音を出さなければ大丈夫だろう。

しかしそうなると、今度は選曲が重要となってくる。今まではどうしても好きな歌を気持ち良く歌いたい!というコンセプトだったからBon Joviに偏っていたが、明日はちょっと趣向を変えてみたいと思う。

題して「甘酸っぱい思いで読もう一度、中学校のJonに戻ろう!」

歌うのは、なんと日本人ばかり。ここに乗せても、きっと全ての人に「?」と思わせるだろう選曲で行ってこようと思うのだ。そう、時にはこんなサプライズも必要なはず。

という訳で、明日のレポをお楽しみに*

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2006年5月24日 (水)

日本語教師として。

バイト先には、中国から来た人達が多い。厨房の中はほとんどそうで、たまに中国に自分がいるような錯覚すら覚える事もあるくらいだ。

それぞれ色々な職業や生活をしているが、その中でも学生が多い。彼らは本当に良く働き、ちゃんと勉強もしているらしい。こういった所は見習いたいところだ。

そんな彼らは、日本語を覚えたいという意識も強いらしい。最近良く日本語に着いて聞かれるのだ。例を挙げてみよう。

「Jonさん、かかとの高い靴って何て言いますか?」
「ハイヒールって言うんですよ。ヒールがとっても尖っているものはピンヒールと言います」

別の状況では
「Jonさん、『個人的には』ってどういう意味ですか?」
「自分の意見では、自分にとっては、というような意味ですね。」

そしてこんな事になった。
「Jonさん、Jonさん的にはピンヒールが好きですか?」

・・・もうちょっと、ちゃんとした日本語を教えれば良かった。

ちなみに僕はSであり、ピンヒールは嫌い。

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