2006年11月 2日 (木)

葛藤。

今回、しばらく日記を載せるまでに間が空いてしまったのは、恒例のヨシオ日記を載せるか載せないかでとても迷っていたからなのだ。

ヨシオにしては長い、長過ぎる日記が届いた。

これをどう扱ったらいいだろうかと、僕はまるで棒を手にしてリンゴを見つめるチンパンジーのように、途方に暮れていた。あまりにも長く、しかもただ長いだけでなくあのヨシオ独特のどこまでも話は逸れて何を言いたいのかさっぱり伝わらない、という文章の書き手としては致命的な才能が迸っている。

はっきり言って、載せたくないぞ。

直接本人に伝えるべきかそうでないか、迷う事約2週間。ようやく本人に告げる事ができたのだが・・・。表面的な、「ちょっとここがマズいよね」という言葉の裏にあった、「ボツ!」という声を聞いて欲しかった。

しかしヨシオにはそんな事は通じない。マズいと形式的に言ったところのみを直して送ってきた。そうか、載せるしかないのか。

仕事が忙しく、ネタはあっても書く時間が無いからボツにもできない事情もあり、今回は涙を呑んでここに載せよう。その上での批判は甘んじて受け入れよう。

読む人は、覚悟されたし。

******ヨシオ日記 始まり******

タイトル:キラキラ

いままでの僕のイメージといえば美男美女に目が輝いてるのが当たり前なのかと思っていたのだが実際は違うらしい。

きっかけはレンタルから始まる。そもそも金と彼女に縁のない自分は当然映画館にはいけずレンタルですませてしまう。レンタルなら世間体を気にしなくていいからだ。

そもそも映画館に行くという行動で経済的ゆとりがわかる。最近は景気もよくなり、ちまたではあかるい話題もではじめており映画をみにいこうとする人が増えてきたとの声もきこえてくる。実際に自分のまわりの人に聞いても行くという声が多くなっており、景気がよくなってきている実感がもてる。

しかし私のように映画館に行くことができずにレンタルで我慢している人も今だにいることも事実である。今の世界は基本的に資本主義を掲げているので格差が出てもしかたないともいえる。ただある人は日本は資本社会主義ではないかとの声も出ている。一部例外もあるがほとんどの人が普通に生活をし給料も同じようにあがっていき非常にめずらしいからだ。ただ最近では終身雇用も崩れかけており、今までとはルールが変わりつつあるのも事実である。

そうなると私もそうだが世の中の釣りばか日誌にでてくるはまちゃんてき存在には非常に生活がしずらくなってきていることも事実だろう。自分もいつホームレスになるのかびくびく怯えて暮らす日々は精神的にもよくない。

ただ資本主義から考えてみると日本はより資本主義社会へと移行していると考えられる。できる人間、意欲のある人間、そういった人がより評価される時代に入ってきたと感じる。

ただその分責任も重くのしかかるようになりよりいっそうの努力が必要だ。勝ち組、負け組と最近聞く機会がおおいが今は苦しくてもいずれは映画館に足を運べるような勝ち組になりたいものだ。

そのためにはどうしたらいいか、その答えは漫画のNANAにヒントが隠されていた。まず宮崎あおいちゃんはキュートでとてもかわいい。みてるだけで幸せになり自分はバーチャルな世界に入りそうだ。そして中島みかも演技もよく意外な一面をみせてくれた。

ただレンタルは途中で終わってしまい続きのみたい自分は困ってしまった。本を買うと非常に金がかかるし漫画喫茶も近くにないし途方にくれるしかなかった。しかしそんな状況を改善してくれたのもやはりレンタルだった。いっとき著作権や本の売上で問題になったのだが。しかし今の自分には本が借りられる事実のほうが非常にありがたかった。

まわりにはかわゆい少女にまぎれながら必死に探す。途中目が合うとにこりと笑い、そして相手は離れていくのである。

しかしそれにしても数が多い。それと表紙の男の子や女の子に恋い焦がれる。これならば世の男性方がドウジンシに関心を持つのもしょうがないのであろう。実際に自分も秋葉にいきたくなった。秋葉にいけばエルメスさんのようなかたに出会えるだろう。まさしくキターとはこのことだ。こんな自分でもチャンスがあるのだから。

そしてそれ以外にもご主人様と呼ばれながら萌えーと叫ぶにはいられないメイド喫茶。まさにおたくの天国とはこのことだろう。それにおたくの経済効果も日本経済には必要不可欠だといわれている。ほんとそのとおりだと思う。そんな妄想をしながらもとうとう発見できた。

一度あたりをみまわしそっと本を借りた。自宅に帰ってからさっそく読み始めた。よく映画になると内容が削られていることが多いのだが、NANAは続きにしているので漫画とほとんど同じであった。

さすがに一度に全部は読めなかったので2、3日かけて読んだ。正直読んでいる最中に熱いものがこみあげてきた。最初は我慢できたのだがやっぱりダメだった。そして読んでいるなかで熱いものがこみあげてくるのをたえきれず、自分も恋にバンドに生きてみようと感じるのである。

それでも参考になったのはたまのこしになるしかない。人間は向き不向きはかならずあるのだから、あとはもっているものをうまくつかうしかないのである。それでも世の中には自分みたいに何も持っていない、あげるものもない人もいるだろう。

そんな人にも神様が誰にも平等に与えたものがある。それこそが希望だ。人は夢を見てそれを希望へとかえていく。それができる生きものだ。希望は誰にもめいわくはかからないので死ぬ前に希望をもってしんでいこう。生きることは簡単だが死ぬことは難しい。それだけは忘れないでいてほしい。そう願いたい。

******ヨシオ日記 終わり*******

お疲れさまでした、ここまで読んだあなたこそ、素晴らしい人だと僕は思う。

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2006年10月 3日 (火)

確かに美しいものかもしれないが。

このごろとっても忙しかった事もあり全然書けていなかったのだが、やはり立ち直るきっかけをくれたのはヨシオ。この人のアホさ加減は、僕の執筆意欲をムラムラと掻き立てるのだ。

もう、何と言ったら良いだろう。この人は本気で生きていけるんだろうかと心配になってしまうくらいアホな人。頭の中を一度割って見てみたい。きっとそこもカオスで訳が分からない事になっているだろうけど。

前フリはこのくらいにしておこう。今回も、破壊力抜群のヨシオ日記をどうぞ。

***ヨシオ日記 始まり***

生きること、それは誘惑との戦いだ。コンビニや本屋さんではエロ本に、レンタルやさんではビデオ、ネットには引き付けられる文字がならび、困ったものである。

そもそも昔はどうだったんだろうか。原始時代には狩りを盛んにしており、人々の交流が少ない。そうなると現在ではタブーシされているが身内とのことも十分考えられる。

そもそも言葉も文化も現在とは比べものにならないのだから多くのことが許される。それから少しづつ文明も進歩し強い人には自然と多くの男女が集まってくるようになる。それは人が人を刈るからだからだ。少しでもいい遺伝子が欲しい。その点は現在でも変わらないだろう。

それから時代は進み文明も進歩するにつれて愛について考える人が出てくる。経済が潤えば人の暮らしも豊かになり考え方も多様化するからだ。

愛はすばらしい。愛はビューテフル。もう愛さずにはいられない。そんなときめきはいつの時代になっても変わらないだろう。

***ヨシオ日記 終わり***

もう駄目、読み返しただけで笑い死にしそうになってしまった!いきなり「愛はすばらしい」とか言われてもなぁ。なぜそう思ったんだろう。カオスとエロスの入り交じった彼の頭は、もう修復不可能かもしれない。

愛はビューティフルて。このごろとっても忙しかった事もあり全然書けていなかったのだが、やはり立ち直るきっかけをくれたのはヨシオ。この人のアホさ加減は、僕の執筆意欲をムラムラと掻き立てるのだ。

もう、何と言ったら良いだろう。この人は本気で生きていけるんだろうかと心配になってしまうくらいアホな人。頭の中を一度割って見てみたい。きっとそこもカオスで訳が分からない事になっているだろうけど。

前フリはこのくらいにしておこう。今回も、破壊力抜群のヨシオ日記をどうぞ。

***ヨシオ日記 始まり***

タイトル : 誘惑

生きること、それは誘惑との戦いだ。コンビニや本屋さんではエロ本に、レンタルやさんではビデオ、ネットには引き付けられる文字がならび、困ったものである。

そもそも昔はどうだったんだろうか。原始時代には狩りを盛んにしており、人々の交流が少ない。そうなると現在ではタブーシされているが身内とのことも十分考えられる。

そもそも言葉も文化も現在とは比べものにならないのだから多くのことが許される。それから少しづつ文明も進歩し強い人には自然と多くの男女が集まってくるようになる。それは人が人を刈るからだからだ。少しでもいい遺伝子が欲しい。その点は現在でも変わらないだろう。

それから時代は進み文明も進歩するにつれて愛について考える人が出てくる。経済が潤えば人の暮らしも豊かになり考え方も多様化するからだ。

愛はすばらしい。愛はビューテフル。もう愛さずにはいられない。そんなときめきはいつの時代になっても変わらないだろう。

***ヨシオ日記 終わり***

もう駄目、読み返しただけで笑い死にしそうになってしまった!いきなり「愛はすばらしい」とか言われてもなぁ。なぜそう思ったんだろう。カオスとエロスの入り交じった彼の頭は、もう修復不可能かもしれない。

愛はビューティフルて。

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2006年9月 5日 (火)

あくまでも、ヨシオなのだ。

どうしたら、というタイトルらしい。

こんな書き出しをするという事は、今回もお待ちかねヨシオ日記の始まりである。今回も彼は日記を書いて送ってくれた。そして僕はまたしても悩んだ。どうしたら良いものか・・・。

今回も前もって書いておこう、かなり難解だと思う。一般人に理解できるか。ヨシオとある程度親しい僕ですら分からない。どうしよう・・・。

そんな僕の背中を押したのは、前回の日記についたコメントだった。ヨシオを、理解しよう。自分なりの解釈をそこに見つけてみよう。これは新しいコンセプトかもしれない。いける、いけるぞ!

という流れで今回もヨシオ日記が始める。最初に書いたとおり、どうしたら、というタイトル。そんなタイトルでこの日記のみ書かれた僕こそ「どうしたら・・・。」と悩んだことをここに書いておこう。それでは始まり始まり。

***ヨシオ日記 始まり***

悪魔払い、ヨーロッパ諸国では遠い昔から重んじられてきた。時にはそれが魔女伝説に変わることもあったが、なくなることはけしてなかった。

それから何百年と月日がたち高度文明社会となり、オカルトやホラーといったものが人々の日常から姿を消しそれはテレビや映画、漫画の世界に存在するようになりました。日々の生活に刺激が欲しいといった人達がテレビや映画をみて、空想を膨らませるようになった。

その中には私自身も入っており、恐る恐るビデオの電源をつけた。自分の周りには定番とばかりにポテトチップスとジュースが構えており、いつでも食べれる準備ができていた。

映像が流れはじめて一人の男性が戦場を歩いているシーンからスタートした。徐々に意識はテレビに向かいながらお菓子の袋をあける。

映画館では袋をあけるときや食べるときに細心の注意をしながら袋に手を伸ばす。そうしないと周りの目が恐いからです。この時からだと思いますがお菓子を食べながら見るくせが付いたのは。

そうこうしている間に話はクライマックスに近付き悪魔を倒す場面がきました。私自身悪魔払いを知らなかったのでとても勉強になりました。ぜひみなさんもみてください。エクソシストを。

***ヨシオ日記 終わり***

どうだろう、この素晴らしきヨシオワールド。突っ込みどころは星の数ほどあるだろう。もう心はヨシオが鷲摑みに違いない。さあ、あなたはどう解釈する?

ちなみにヨシオよ、「いま、会いにゆきます」の佑司ですらちゃんと言っていたのに、いい大人が間違えちゃいかん。「食べれる」ではなく「食べられる」だぞ。

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2006年8月18日 (金)

迷い。

今回はいろいろな意味で迷った。

まず迷いの一つは、自分自身の文章として何も書いていない。最近全てのネタがヨシオネタになっているという事。まずい、これでは本当に乗っ取られてしまう。ここらで自分の文章を何か書いた方が良いのではないか、という事。

そして2つ目、実はこっちの方が大きな理由だったりするのだが、今回送られてきたヨシオ日記の出来があまりにも酷い!自分以外の人に読んでもらっても、「・・・?」という返事しか無い。どうしよう、載せるべきか。

しかし人間は弱い。夏休みはいろいろと遊んでいて、あまり執筆に費やせる時間がなかった僕は、ついこの誘惑に負けてしまった。はっきり言おう、このブログを読んでくれる人ごめんなさい。これから読む文章は・・・。

これ以上は語るまい、あとは実際に読んで判断してもらおう。次はもっとクオリティの高いものを自分で書きます。。。

*** ヨシオ日記 始まり ***

タイトル「夏風邪」

夏風邪。その状況が今の私にはぴったりかもしれない。もともと人間は動物のなかでも温度変化に弱い生きものだといわれている。しかし脱いだり着たりすることにより北極や南極から赤道付近のジャングルまですんでいる何ともめずらしい生きものだといえよう。また最近では地球だけではもの足りず隣の星に気軽に挨拶をしたりといったことも現実味を帯びてきている。しかし心配事も世界観が広がるのと同じように大きくなる。例え話でもよく使われるのだが、トムが学校帰りにサリーナと一緒に帰る途中で偶然にもサッカーチケットが手に入り彼女を誘うとしていた。また彼女も同じ日にライブチケットが手に入り誘うとしていた。今回の件は偶然にも同じ日に重なってしまったのだがありえないはなしではない。私自身も生きていくなかで困難という壁にぶつかってきました。時にはなかったことにしたり時には帰ったりと。人が集まればそれだけ方法は違う答えが帰ってくるはずです。その集大成が現代社会ではないでしょうか。

*** ヨシオ日記 終わり ***

いつもは僕が、ある程度で改行をを入れて読みやすいようにして載せているのだが、今回はどこで切ったら良いかも判断しがたいほどになっている。

まずこんな例え話はさっぱり聞いた事が無いし、その例えから何を言いたかったのか、それすら明確になっていない。そしてその例え話が終わったと思われるところからいきなり話が飛んでいる。何が言いたいのかがまるで読めない。

また断定的な語尾から丁寧な語尾に、なぜ最後にいきなり変わるのか。せめてそれくらい統一してくれないと、気持ち悪くてしょうがない。

これは本当に素なのだろうか、それとも読者を惑わす為に編み出した、彼一流のテクニックなのだろうか?

関わるもの全てを唖然とさせる、この素晴らしきヨシオワールドにどっぷりはまってみて欲しい。この夏が、ひと味違った夏になるだろうから。

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2006年8月11日 (金)

ヨシオ立つ。

ようやく彼にぴったりのキーワードが見つかった。彼とは誰かって?もうここではかなりの有名人、ヨシオの事に決まっている。

一昨日はHさんのライブが三茶であり、それを僕とヨシオで見に行った。待ち合わせを9時10分に設定してあったので、僕はそれよりちょっと早めについてヨシオにメールを入れた。着いたら連絡しろ、と。

すると1分後に携帯が鳴った。見ると知らない番号で、ちょっと警戒しながら僕は通話ボタンを押した。

僕「もしもし?」
ヨ「あ〜お疲れ様です、ヨシオです」
僕「あれ、携帯番号変えた?いつの間に??」
ヨ「何を言ってるんですか、変えてませんよ」

どうやらヨシオの携帯番号を登録していなかったらしい。。。これもきっと、番号を交換すると危ないという警戒心が、無意識のうちに働いたに違いない。もしくはかける事は無いだろうと判断したかそのどちらか。

そんな軽いハプニングを経て僕らは会場に到着した。ちょっと早く着きすぎて店の前で待っていたのだが、その時も奴は色々と喋り僕を笑わせたりあきれさせたりしてくれた。まったくもって、飽きさせない人だ。

そのうち時間になり、中に入った僕らの前でHさんが演奏を始めた。このくだらない音楽が氾濫している世の中で、彼の歌にはハートがある。何度聴いても飽きず、毎回毎回ライブを楽しみにしている僕がいる。

今回も明るい曲やしっとりとした曲を織り交ぜて、素晴らしいパフォーマンスを披露してくれていたのだが、「友達」という曲になった時、僕の目はある光景を目にしてしまった。

ヨシオが照れている。

「いやぁ〜。」とばかりに頭を掻きながら、照れているのだ。誰もヨシオの事とは言ってもいないし、歌詞の内容も奴を思わせるものは全く無いというのに、照れている。きっとこの人には悩みなんて無いんだろうな・・・。

気を取り直して歌に集中し、聴いていてまたしばらく経った頃、僕の目がまたしてもある光景を捉えてしまった。

ヨシオの手の動きがおかしい。

リズムが全く合ってなく、手がものすごいバラバラの動きをしていたのだ。手を見るとリズムが狂わされて歌えなくなりそうだったから、一生懸命見ないようにしたけどつい見てしまう、視線を吸い寄せる宇宙がそこにあったとはライブ後のHさんの言葉である。

なんというのか、リズムが合ってないどころの騒ぎでなくリズムが無い。狙ってもあの動きは絶対できないだろう。ここで僕の頭に、一つの言葉が浮かんだ。

ランダム。

予測のできない彼の事を表すのにぴったりの言葉。その行動、動作、発言、一つ一つがランダムなのだ。どんな事をしでかすか、予測もつかないから奴から目が離せない。まるで視線のブラックホール。

そんな彼は、どうやらHさんの前座として何かやりたいと目論んでいるらしい。巻き込まれるHさんはたまったものじゃないと思うが、ノリノリのヨシオを止められる人はもう誰もいない。

そのうち、テレビから聞こえてくるかもしれない。「ランダム、らんだーむ」と。ヨシオの活躍を、お楽しみに。

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2006年8月 5日 (土)

ロックの定義・・・?

今配属前のプロジェクトが火の車状態で、明日は出ないものの日曜まで出社予定。おかしい、研修を受けているときよりも忙しい!火曜にどこかの会社でプレゼンをやるらしく、それようのデモを作成しているのだけど・・・。受けるんじゃなかったか。。。

でもまぁ、配属されてからはきっと納期前こんな感じになるんだろうし、今のうちに厳しさを知る事ができるのは良いかもしれない。これを乗り越えれば楽になるはず!いい気分でお盆休みを迎えるべく頑張るとしよう。

そんなこんなで忙しい僕に代わり、またしてもホットなネタを提供してくれたヨシオ。突っ込みどころが満載なこの日記を読んで笑いつつ、夏の暑さを吹き飛ばそうではないか*

***ヨシオ日記始まり***

僕は音楽を聞くときにポップやロックはどれだと言われると正直わかりません。洋楽は英語でわからずあまり聞かないのですが、邦楽では大塚愛ちゃんやモーニング娘、グレイ、ラルクなど聞いてます。

選曲としてはいわゆるポップやロック歌手をバランスよく聞いていると思いますが、その歌手の曲を聞いているとロック歌手でもポップに近い曲も多々歌っており判断に困ることがあります。昔はグループサウンドやアイドルなど歌謡曲に演歌と非常にわかりやすかったのですがグローバルになり音楽もいろいろな曲が日本に入ってきて、いきついた先が日本どくとくのJポップとして私達の耳に入ってきているのではないかと思います。

少し話はそれるのですが、恥ずかしながら私もごく稀にカラオケにいき、歌う曲は歌謡曲の女王、みそらひばりさんとテレサテンです。彼女達は川の流れのように、つぐない、時の流れにみをまかせてなどで日本レコード大賞を取っており、時代が流れても語り継がれており、最近流行っている若者の曲もとてもよいのですが、なかなか難しく昔の曲のほうが私自身歌っているときはとても気持ち良く歌えます。ただ一緒にいる人は耳をふさぐ光景をみうけることがあり、理由を聞いてもなかなか教えてくれず、淋しさだけがあとからこみあげてきます。

***ヨシオ日記終わり***

君が美空ひばり?き、聴いてみたい。。。

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2006年7月23日 (日)

ドリンク・・・というタイトルらしい。

今年の梅雨は異常ではないか。ここ2,3日は雨で涼しくなってきているが、それまでが暑いのなんのって。温暖化の影響もあるのかもしれないが。私も地球上に生きているので、他人事ではすまされない。

とはいうものの温暖化を防ぐために何かをしているのかというと疑問が残る。小泉さんが提案しているクールビズ、響きは横文字でかっこいいが私もふくめて、知人に聞いても特にはとの声がまだまだ多い。なかなか目に見えないこともあり、どうしても関心が薄くなってしまうのだろう。それでも今まで培ってきたことを次の世代に残していかなければならないこともあり、最近はクーラーを我慢したりする自分がいる。

だが、今年の梅雨は異常だった。僕は夏バテを乗り切るために栄養ドリンクを愛用することを決めた。いざドラックストアーに足を運んだ。まず目につくのはTVでもお馴染みのリポビタンDだ。毎回危機一髪のところで、ファイトイッパーツの掛け声とともに男優二人のあつい情熱をみることができる。

それからエスカップや新グロモントなど、聞いたことあるぞというものがならぶ。値段もCMをたくさんやっているメーカーは高く、こんなメーカーみたことないものは安い。とにかくたくさんのメーカーが参入しているようだ。ところで話に聞くと日本では当たり前だが、世界からみるとドリンクとして飲むのはめずらしいらしい。

僕は財布と相談しながらエスカップと新グロモントを購入し、愛用している。ドリンクを愛用して多少体力的によくなってきているのかなと思う今日この頃。

***ヨシオ日記終了***

前フリを何も書かず、いきなり載せてみたがどうだったろうか。ブログに載せてください、と送られてきた。おやおかしい、どうやら彼は本気でこのブログを共有スペースにしてしまうらしい。確かこんな時にぴったりの言葉があったような・・・。

思い出した!
「庇を貸して母屋を取られる」

この勢いで乗っ取られぬよう気をつけなければ・・・。ユーモアもなにも織り交ぜず、ただつらつらと書かれただけの日記に負ける訳にはいかんのだ!

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2006年7月16日 (日)

いつもどうりではなく、いつもどおり。

世の中には、一体何を考えて生きているのだろうと思うような人が多い。ヨシオも明らかにその一人である。しかもそう言うのは僕だけではない。

彼は精神異常、なんていう話ではなく、思考回路がとんでもなくおかしいのだ。いくつかをここで書いてきたので、少しは分かってくれる人もいるかもしれない。

こんな前フリをした事でもうお気付きの事だろう、今回もヨシオの事なのだ。まったくもってネタになるというか、むしろネタにしてくれと言って飛び込んできてしまった。さぁ、今回もお待ちかねヨシオ日記の始まり始まり。

***ヨシオメール 原文まま***

久々にブックオフに行きました。店はいつもどうりに迎え入れてくれた。僕は漫画雑誌を手に取り読み始める。

読み始めていくとはまりだし、次第に次の刊に手が伸びる。先程まで顔を出していた太陽も気が付けば姿をかくし、車のヘッドライトに明かりがつく。

次にCDコーナーにいく。ふと初回限定版を探す自分に苦笑してしまう。それから程なくして僕は店をあとにした。

車から流れる音楽を聞きながらものふかげに考える。確かに充実していたのに何か物足りない。その答えは僕の両脇がしっていた。

はまりそうになるのを必死にそらそうとする彼。掘り出し物とそこに生きがいがあるかのような彼。今はその彼らがいないのだ。僕はいつのまにか今までの光景を少しづつ思い出していた。

忘れていたはずなのに。この街を歩くたびに後ろ姿を探してしまうのだろう。あの日の僕達が映し出されている思い出を。今は一人かもしれないけど確かに今までは一人ではなかった。なくなったものは帰ってこないけどまた明日も歩き続ける。だって僕は強いんだもの。

繰り返しながら隣には彼がいた。

***ヨシオメール 終わり***

えぇと、どこから突っ込めばいいのだろう?最初からしておかしい。行きました。迎え入れてくれた。統一してくれ。

という文章の添削前に、いきなりこれだけで文章を送ってこられても、どうしたら良いのかさっぱり分からんて。日記を送ります、という一言すら無し。一体どういう神経をしているのだろう。。。

とりあえず彼に「乗せて欲しいの?」と聞いてみた。返事は、「どんどん書きますので、よろしくお願いします」との事。彼はこのブログを、公共の情報公開スペースとでも勘違いしているらしい。どんどん送るって、いらんわ!!

でも人の良い僕は、結局送られれば載せてしまうのだろう。One Wild Night featuring Y.Yとして、このブログが乗っ取られる日も遠くないのかもしれない。

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2006年7月10日 (月)

ヨシオ、アゲイン。

最近更新頻度が落ちている。研修も終盤に差し掛かり、面接だなんだと色々忙しいのが原因なのだが、どのくらい忙しいかというと毎週恒例の火曜独りカラオケにも行けてないほどなのだ。これではいかん、更新もできない。なんとかしないと読者離れが!コメント数はあまりないものの(自分が友達のブログにもあまりコメントを残さないせいもあり)、なかなか多くの人に見てもらっているこのブログの火を消してはいけない!

そんな僕に、またしてもヨシオがちょっとした小ネタを提供してくれた。前回彼の事を書いた時、あんな内容でも嬉しかったらしい。そのお礼にと、これまた何を考えたのか、彼が書いた日記を送ってくれた。そっくりそのまま載せてしまえ。

***ヨシオのメール***

タイトル:無し

今回小学生のお子さんをもつご主人と話をする機会がありました。世間話からはながさき、子供の流行っていることに話が進みました。デパートやスーパーなどで小さなゲーセンがあり、休みの日となれば男女とわず子供たちの輪ができるそうです。何に夢中になっているのかと尋ねるとカードゲームでもりあがっているとのことです。

自分もカードと聞いてムシキングが流行っていることを知っていましたので、言ってみました。そうしたところ確かに人気があるとのことでしたが、最近はドラゴンボールやゾイド、ナルトなども人気があるとのことでした。ドラゴンボールやゾイドは私も小学生のころ憧れ、私はゾイドを買ってもらえなかったのですが、友達の家でよく遊んだものです。

懐かしさを思い出しながらさらに話は進みました。自宅では定番となっているのでしょうTVゲームで遊んでいるとのことでした。ただ驚いたのは、子供部屋にはTVはないとのことでした。ご主人が言うにはTVぐらい自分で買ってもらうんだよ、とのことでした。私も自分で買って使っていたのでその感覚がでたのでしょう。

そういえば小学生の頃、ゲームをやるにしてもTVが親の所にあり、親父は巨人好きでなかなかゲームができなかったです。その頃他の友達はビデオ画面しかみれない、いわゆる壊れかけのラジオじゃなくてTVを使っている子が多かったなーと思います。そういう私も同じでその当時はとてもうれしかった記憶があります。全部がそうではないのでしょうが、経済的に余裕がなかったのか、まだ子供部屋にTVを置くのは早いとの親の考えなのでしょう。ただ今回思ったことはいつの時代でも子供環境は大きくかわらないのかなとふと思いました。

前回、Jonさんの日記に友情出演をさせてもらいまして、そのお礼に何をしたらよいかずーと考えていました。そのなかで私も日記を書いて送ることを思いつき、今回お礼をかねて送らさせてもらいます。今後もよい作品ができしだい送りたいと思いますので楽しみにしてください。将来的にはHさんにも送りまして、作詞のきっかけになればと考えています。

***ヨシオのメール終わり***

淡々と、ただ淡々と書かれた日記。何の前フリもなく長々と書かれた日記を読み進むうちに、何故これがいきなり僕の元へ送られてきたのかと疑問ばかりが大きくなり、その謎を解こうとしているうちにミステリーを読んでいる気になってきた。まさにこれはホワイダニットのパターンで書かれたミステリーではないか!

あれこれと想像していたが、結果を言えば僕は負けた。ヨシオは僕の予想を超えていた。まさかこの文章がお礼のつもりだったなんて、誰が考えつくだろうか?しかも彼はこの日記を、音楽活動をしている僕らの共通の友人であるHさんに送り、作詞のきっかけにしてもらおうと企んでいるらしい。

いきなり送られたら困るって。やめとけ、ヨシオ。

そんな彼とは12日、三件茶屋で行われるHさんのライブで会うかもしれない。久々に音楽へと触れる機会、今から楽しみなのである。

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2006年6月 5日 (月)

ヨシオ。

ヨシダさんという人がいる。ものすごくおかしな人で、彼にまつわる伝説は数多くある。このブログを読んでくれているようだし、話題になればきっと喜んでくれるに違いない。

彼との出会いは二年程前、渋谷のとある派遣会社の事務所だった。当時僕は常勤だったビック本店を引き揚げ、ラウンダーとして色々な店を回っていた。そんなある日、新しく入った子達に研修してやってくれと事務所へ呼ばれた。そこに彼はいた。

基礎知識の研修が終わっていた彼らは、次にロールプレイをする段階だった。そしてそのロールプレイは、彼の舞台と化してしまった。

二人一組でやるロールプレイは、店員役が客役の案内をして売る練習をするもので、これがまたなかなか恥ずかしい。ある程度の演技力も必要となってくるのだ。

基本的に店員役の売り方を練習するこれは、話の仕方や流れ、仕草なんかをチェックして、悪ければ途中で止めて修正する。そこで彼はやってくれたのだ。

その時彼はお客さん役で、あまりカメラは知らないけど見に来た、という設定だった。客役はそんなに難しいものではない。しかし…。

店員役「…ですので、お客様にはこちらがお勧めですね。」
ヨシオ「そっかぁ。でも両方良いなぁ。どうしよう。」
店員役「どちらも良いですからね。使い方に合うのは…」
ヨシオ「良し決めた、両方下さい!」

チーン(鐘の音)

僕 「ありえません」

客役をやって止められる、珍しい人だ。他にもまだある。

店員役「いらっしゃいませ。」
ヨシオ「ねぇ、あのカメラある?タッキーがCMしてるの!」
店員役「こちらでしょうか?」
ヨシオ「これこれ!すごく良いですよね!!」
店員役「えぇ、このカメラは…」
ヨシオ「(聞いてない)そう、あんな風に撮りたいんです!横っ飛び!!」

ジャンプ!

チーン(鐘の音)

僕 「真面目にやってください。」

しかし彼は大まじめなのだ。僕らを爆笑させながら、いつでも本気。おかしな人だ。

他にもある。アメリカ留学一ヶ月ほど前に会い、連絡先お互いに知らないのに「最近連絡くれないんだもん」と宣ったり、アドレス教えて二日後、午前3時に「おはようございます」とメールがきたり、それを言うと「いや、時差が…」とトチ狂った事を言う始末。

こんなおかしな人はそういないだろう。なんだかんだで、結局愛されている彼は良いキャラをしている。シェアして一緒には暮らしたくないけど。

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