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2006年11月 2日 (木)

葛藤。

今回、しばらく日記を載せるまでに間が空いてしまったのは、恒例のヨシオ日記を載せるか載せないかでとても迷っていたからなのだ。

ヨシオにしては長い、長過ぎる日記が届いた。

これをどう扱ったらいいだろうかと、僕はまるで棒を手にしてリンゴを見つめるチンパンジーのように、途方に暮れていた。あまりにも長く、しかもただ長いだけでなくあのヨシオ独特のどこまでも話は逸れて何を言いたいのかさっぱり伝わらない、という文章の書き手としては致命的な才能が迸っている。

はっきり言って、載せたくないぞ。

直接本人に伝えるべきかそうでないか、迷う事約2週間。ようやく本人に告げる事ができたのだが・・・。表面的な、「ちょっとここがマズいよね」という言葉の裏にあった、「ボツ!」という声を聞いて欲しかった。

しかしヨシオにはそんな事は通じない。マズいと形式的に言ったところのみを直して送ってきた。そうか、載せるしかないのか。

仕事が忙しく、ネタはあっても書く時間が無いからボツにもできない事情もあり、今回は涙を呑んでここに載せよう。その上での批判は甘んじて受け入れよう。

読む人は、覚悟されたし。

******ヨシオ日記 始まり******

タイトル:キラキラ

いままでの僕のイメージといえば美男美女に目が輝いてるのが当たり前なのかと思っていたのだが実際は違うらしい。

きっかけはレンタルから始まる。そもそも金と彼女に縁のない自分は当然映画館にはいけずレンタルですませてしまう。レンタルなら世間体を気にしなくていいからだ。

そもそも映画館に行くという行動で経済的ゆとりがわかる。最近は景気もよくなり、ちまたではあかるい話題もではじめており映画をみにいこうとする人が増えてきたとの声もきこえてくる。実際に自分のまわりの人に聞いても行くという声が多くなっており、景気がよくなってきている実感がもてる。

しかし私のように映画館に行くことができずにレンタルで我慢している人も今だにいることも事実である。今の世界は基本的に資本主義を掲げているので格差が出てもしかたないともいえる。ただある人は日本は資本社会主義ではないかとの声も出ている。一部例外もあるがほとんどの人が普通に生活をし給料も同じようにあがっていき非常にめずらしいからだ。ただ最近では終身雇用も崩れかけており、今までとはルールが変わりつつあるのも事実である。

そうなると私もそうだが世の中の釣りばか日誌にでてくるはまちゃんてき存在には非常に生活がしずらくなってきていることも事実だろう。自分もいつホームレスになるのかびくびく怯えて暮らす日々は精神的にもよくない。

ただ資本主義から考えてみると日本はより資本主義社会へと移行していると考えられる。できる人間、意欲のある人間、そういった人がより評価される時代に入ってきたと感じる。

ただその分責任も重くのしかかるようになりよりいっそうの努力が必要だ。勝ち組、負け組と最近聞く機会がおおいが今は苦しくてもいずれは映画館に足を運べるような勝ち組になりたいものだ。

そのためにはどうしたらいいか、その答えは漫画のNANAにヒントが隠されていた。まず宮崎あおいちゃんはキュートでとてもかわいい。みてるだけで幸せになり自分はバーチャルな世界に入りそうだ。そして中島みかも演技もよく意外な一面をみせてくれた。

ただレンタルは途中で終わってしまい続きのみたい自分は困ってしまった。本を買うと非常に金がかかるし漫画喫茶も近くにないし途方にくれるしかなかった。しかしそんな状況を改善してくれたのもやはりレンタルだった。いっとき著作権や本の売上で問題になったのだが。しかし今の自分には本が借りられる事実のほうが非常にありがたかった。

まわりにはかわゆい少女にまぎれながら必死に探す。途中目が合うとにこりと笑い、そして相手は離れていくのである。

しかしそれにしても数が多い。それと表紙の男の子や女の子に恋い焦がれる。これならば世の男性方がドウジンシに関心を持つのもしょうがないのであろう。実際に自分も秋葉にいきたくなった。秋葉にいけばエルメスさんのようなかたに出会えるだろう。まさしくキターとはこのことだ。こんな自分でもチャンスがあるのだから。

そしてそれ以外にもご主人様と呼ばれながら萌えーと叫ぶにはいられないメイド喫茶。まさにおたくの天国とはこのことだろう。それにおたくの経済効果も日本経済には必要不可欠だといわれている。ほんとそのとおりだと思う。そんな妄想をしながらもとうとう発見できた。

一度あたりをみまわしそっと本を借りた。自宅に帰ってからさっそく読み始めた。よく映画になると内容が削られていることが多いのだが、NANAは続きにしているので漫画とほとんど同じであった。

さすがに一度に全部は読めなかったので2、3日かけて読んだ。正直読んでいる最中に熱いものがこみあげてきた。最初は我慢できたのだがやっぱりダメだった。そして読んでいるなかで熱いものがこみあげてくるのをたえきれず、自分も恋にバンドに生きてみようと感じるのである。

それでも参考になったのはたまのこしになるしかない。人間は向き不向きはかならずあるのだから、あとはもっているものをうまくつかうしかないのである。それでも世の中には自分みたいに何も持っていない、あげるものもない人もいるだろう。

そんな人にも神様が誰にも平等に与えたものがある。それこそが希望だ。人は夢を見てそれを希望へとかえていく。それができる生きものだ。希望は誰にもめいわくはかからないので死ぬ前に希望をもってしんでいこう。生きることは簡単だが死ぬことは難しい。それだけは忘れないでいてほしい。そう願いたい。

******ヨシオ日記 終わり*******

お疲れさまでした、ここまで読んだあなたこそ、素晴らしい人だと僕は思う。

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