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2006年9月 5日 (火)

あくまでも、ヨシオなのだ。

どうしたら、というタイトルらしい。

こんな書き出しをするという事は、今回もお待ちかねヨシオ日記の始まりである。今回も彼は日記を書いて送ってくれた。そして僕はまたしても悩んだ。どうしたら良いものか・・・。

今回も前もって書いておこう、かなり難解だと思う。一般人に理解できるか。ヨシオとある程度親しい僕ですら分からない。どうしよう・・・。

そんな僕の背中を押したのは、前回の日記についたコメントだった。ヨシオを、理解しよう。自分なりの解釈をそこに見つけてみよう。これは新しいコンセプトかもしれない。いける、いけるぞ!

という流れで今回もヨシオ日記が始める。最初に書いたとおり、どうしたら、というタイトル。そんなタイトルでこの日記のみ書かれた僕こそ「どうしたら・・・。」と悩んだことをここに書いておこう。それでは始まり始まり。

***ヨシオ日記 始まり***

悪魔払い、ヨーロッパ諸国では遠い昔から重んじられてきた。時にはそれが魔女伝説に変わることもあったが、なくなることはけしてなかった。

それから何百年と月日がたち高度文明社会となり、オカルトやホラーといったものが人々の日常から姿を消しそれはテレビや映画、漫画の世界に存在するようになりました。日々の生活に刺激が欲しいといった人達がテレビや映画をみて、空想を膨らませるようになった。

その中には私自身も入っており、恐る恐るビデオの電源をつけた。自分の周りには定番とばかりにポテトチップスとジュースが構えており、いつでも食べれる準備ができていた。

映像が流れはじめて一人の男性が戦場を歩いているシーンからスタートした。徐々に意識はテレビに向かいながらお菓子の袋をあける。

映画館では袋をあけるときや食べるときに細心の注意をしながら袋に手を伸ばす。そうしないと周りの目が恐いからです。この時からだと思いますがお菓子を食べながら見るくせが付いたのは。

そうこうしている間に話はクライマックスに近付き悪魔を倒す場面がきました。私自身悪魔払いを知らなかったのでとても勉強になりました。ぜひみなさんもみてください。エクソシストを。

***ヨシオ日記 終わり***

どうだろう、この素晴らしきヨシオワールド。突っ込みどころは星の数ほどあるだろう。もう心はヨシオが鷲摑みに違いない。さあ、あなたはどう解釈する?

ちなみにヨシオよ、「いま、会いにゆきます」の佑司ですらちゃんと言っていたのに、いい大人が間違えちゃいかん。「食べれる」ではなく「食べられる」だぞ。

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